** 目次 [#ca7b67bb] #contents * 日本半導体産業の敗北から学ぶ経営の本質 [#x6eac2bd] ** はじめに [#nc50a6ed] 東芝、キオクシア、エルピーダメモリ...日本の半導体産業を振り返ると、「なぜ負けたのか」という問いに行き着く。本稿では、技術流出や経営判断の問題を掘り下げ、日本の経営教育の欠陥にまで踏み込んで考察する。 ** 東芝とキオクシアの関係 [#e7275f04] キオクシアはもともと東芝のNAND型フラッシュメモリ事業部門だった。 - ''2017年'' - 東芝が経営危機に陥り、メモリ事業を分社化。「東芝メモリ株式会社」設立 - ''2018年'' - 日米韓連合(ベインキャピタル主導)に約2兆円で売却 - ''2019年'' - 社名を「キオクシア(Kioxia)」に変更 NANDフラッシュは東芝とサンディスクが共同発明した技術であり、日本発の重要なイノベーションだった。しかし今やその事業も外資の手に渡っている。 ** DRAMからの撤退と日本メモリ産業の終焉 [#h434311e] *** 東芝のDRAM撤退 [#a0e8e4d0] 東芝は2001年頃にDRAM事業から撤退した。背景には以下がある。 - 1990年代後半〜2000年代初頭のDRAM価格暴落 - 韓国メーカー(サムスン、SKハイニックス)の大規模投資攻勢 - 日本メーカー全体の採算悪化 *** エルピーダメモリの破綻 [#p4308922] 日本最後のDRAMメーカーだったエルピーダメモリは2012年に経営破綻した。 |破綻の要因|詳細| |リーマンショック|DRAM価格が暴落| |超円高|1ドル=80円台で輸出競争力喪失| |サムスンの攻勢|赤字覚悟の増産による「チキンレース」| 現在、エルピーダの広島工場は米マイクロンの拠点として稼働している。日本人技術者は残っているが、利益はアメリカに流れる構図だ。 *** 現在のDRAM市場 [#p66c1a84] |メーカー|本社| |サムスン|韓国| |SKハイニックス|韓国| |マイクロン|アメリカ| この3社による寡占状態であり、日本メーカーは存在しない。AIブームによるHBM需要で各社とも好調だが、日本はその恩恵を受けられない。 ** なぜ日本は負けたのか [#e3da8722] *** 技術流出の実態 [#w4363451] 韓国への技術流出は業界では公然の秘密だった。 - ''週末技術者'' - 金曜夜に韓国へ飛び、土日で指導、月曜朝に帰国 - ''ヘッドハンティング'' - リストラされた技術者を年収2〜3倍で引き抜き - ''合弁・提携'' - 正規のライセンス契約からの技術吸収 ただし、技術流出は「きっかけ」に過ぎない。 *** 経営判断の問題 [#ab177b84] より本質的な敗因は、''技術を競争優位の源泉と見なさなかった''ことにある。 + 技術を「コモディティ」として扱った -- 「いずれ誰でも追いつく」という前提 -- 技術者の頭の中にある暗黙知の価値を理解しなかった + 財務指標偏重の経営 -- 「技術開発」より「コスト削減」を評価 -- R&D部門は「金を食う部署」扱い + 人材を「所有物」と錯覚 -- 終身雇用への過信 -- 技術者の市場価値を測る視点の欠如 端的に言えば、''「目に見えない資産の価値がわからなかった」''。 *** 「見えないフロントガラス」の比喩 [#w7fcd089] 貸借対照表に載らない資産を軽視する経営は、車の運転に例えるなら''フロントガラスの中央が曇った状態で走っている''ようなものだ。 - バックミラー(過去の財務実績)は見える - サイドミラー(競合他社の決算)も見える - だがフロントガラス(将来の競争力)が見えない しかも、''見えないことに気づいていなかった''。技術者の警告は数字に出ていないから無視された。 ** 日本の経営教育の欠陥 [#n0b7aa60] *** 構造的な問題 [#m250df6d] + ''文理分断が早すぎる'' -- 高校で文系・理系に分かれる -- 経済学部生は技術の価値を肌感覚で理解できない + ''経済学と経営学の乖離'' -- 理論中心で実践的な技術戦略・知財戦略を学ばない + ''ケーススタディの不足'' -- 「なぜエルピーダは負けたか」のような分析をしない + ''技術を学ぶ機会がない'' -- 工場見学すら稀 *** 対照的な例:サムスン [#t6fbacc1] - 文系採用者にも半導体の基礎研修を実施 - 経営幹部が技術ロードマップを理解している *** 本質 [#a51ec8dc] >「経営に必要な知識とは何か」の定義が狭すぎた 財務諸表が読めれば経営できるという幻想。実際には技術・人材・知財・地政学など、''見えないものを見る力''こそが経営の本質だった。 ** 現在の日本の選択 [#de0263ab] *** ラピダスの挑戦 [#yae88aba] ラピダスは2nm世代の最先端ロジック半導体を目指すが、DRAMには参入しない。理由は明確だ。 - ロジックとメモリでは製造プロセスが異なる - 両方やれば投資額が倍以上に - DRAM市場は3社寡占が固まっている *** 外資誘致という現実 [#gb4d0242] 日本政府の選択は「自前でDRAMを復活させる」ではなく、''マイクロンやTSMCを誘致する''方向だ。 - 短期的には合理的(サプライチェーン安定、雇用確保) - 長期的には厳しい(技術・利益は海外へ、日本は「工場を貸す国」に) ** おわりに [#x560f2dd] 日本の半導体産業の敗北は、単なる技術競争の敗北ではない。''経営者が何を見て、何を見なかったか''の問題だ。 無形資産、技術者、将来の競争力。これらを軽視した代償は大きい。ラピダスの成否にかかわらず、この教訓を次の世代に伝えることが、せめてもの責務だろう。 ---- RIGHT:2025年1月 記