Obsidianはしばしば「メモ帳」「ナレッジベース」「第二の脳」と表現される。しかし、設計書や技術文書を扱っていると、これらの表現には違和感が残る。
自分の感覚では、Obsidianは「書き溜める場所」ではない。 むしろ、文章を圧縮し、分解し、再利用可能な形に整えるための帳面に近い。
本記事では、Obsidianを「圧縮帳」と捉える視点と、なぜ設計書において特にこの使い方が有効なのかを整理する。
生成AIは非常に便利だが、現状は「文章を増やす方向」に強く偏っている。
その結果、文章は読みやすいようでいて、責務が混ざり合った塊になりがちである。
これはコードで言えば、
に相当する状態だ。
設計書の最終的な成果物は「コード」である。 そしてコードは、クラスやモジュールといった役割を持った部品の組み合わせとして表現される。
にもかかわらず、設計書だけが
という未圧縮状態のままだと、次の工程で歪みが生じる。
設計書が未圧縮だと、コードを書く段階で誰かが「圧縮」することになる。 これはバグや認識ズレの温床になる。
ここで重要になるのが、文章のSRP(単一責務原則)という考え方である。
これはコード設計では当たり前の感覚だが、自然言語ではあまり意識されてこなかった。
Obsidianのリンクは、単なる関連付けではない。
文章中で、
それは「この部分は独立した責務を持ち始めている」という合図である。
その内容を丸ごとリンク先ノートに移し、元の文章にはリンクだけを残す。
これは、
という行為と本質的に同じである。
文章をインラインで書き続けると、知識は直積的に増殖する。
これをObsidianのリンクによって分解すると、
という形に分離できる。
結果として、情報量は減るが、意味量は減らない。 これは可逆圧縮に近い。
文章を強く圧縮すると、通常は「読みにくさ」が問題になる。
しかしObsidianでは、
つまり、展開コストが極端に低い。
これはIDEで
体験とよく似ている。
プログラマーは長年、IDEを通して次の知恵を身につけてきた。
Obsidianは、この設計思想を自然言語の世界に持ち込んだツールだと考えられる。
つまり、
| ノート | クラス |
| リンク | 参照 |
| グラフ | 構造図 |
| AI | リファクタリング補助 |
という対応関係が成立する。
Obsidianは、メモを溜める場所ではない。
そのための「圧縮帳」である。
生成AIと組み合わせることで、
という分業が可能になる。