AGI時代、企業が国家よりも力を持ってしまう時代になるだろう
私は何度か、働いている企業から不当な評価を受けたことがある。理不尽な低評価、意図的に陥れられた経験もある。その時は苦しかったが、幸いにも転職や独立という「逃げ道」があった。別の組織、別のコミュニティでは、私は異なる評価を受けることができた。
しかし、ふと考える。もしAGI時代に、評価が一元管理されていたら?
企業Aで付けられた「低評価」が、一生消えないデジタル記録として残り、転職先の企業Bも、フリーランスのクライアントも、すべてその評価を参照する世界。そこでは、一度の失敗、一度の不当な評価が、再起不能を意味する。
これは、SFの話ではない。AGI時代が2年後に来ると仮定すれば、この未来は驚くほど近い。
AGIは効率化を追求する。そして、効率化の究極の形は「すべてを評価し、最適に配置する」ことだ。
これらは個別には既に存在している。問題は、AGIがこれらを統合し、一つの「評価基盤」として機能し始めることだ。
そして、その評価基準を設定するのは誰か? 力を持つ企業である。GAFAMのような巨大テック企業、あるいはAGIを所有する企業が、事実上の「評価の神」になる。
資本主義において、資本を持つ者はより多くの資本を集める。同じことが評価にも起こる。
高評価を得た人は:
低評価を得た人は:
そして恐ろしいのは、評価基準を決めるのが評価する側だということだ。
企業にとって「良い従業員」とは、従順で文句を言わず、長時間働く人間かもしれない。政府にとって「良い市民」とは、異論を唱えず、税金を払い、統計に協力する人間かもしれない。
つまり、評価の一元化は、権力者にとって都合の良い人間だけを生き残らせる仕組みになる。
中国の社会信用スコアは、しばしば「ディストピア」の象徴として語られる。しかし、AGI時代にはこれが世界規模で、より精緻に、より逃れようのない形で実装される可能性がある。
違いは、AGIがあらゆるデータを統合し、リアルタイムで評価を更新し続けることだ。あなたの発言、購買履歴、移動パターン、SNSの投稿、取引先との関係——すべてがスコアに反映される。
そして、企業が国家の役割を担い始めると、この評価システムは事実上の「社会参加許可証」になる。
私が最も恐れるのは、「再起の権利」が失われることだ。
人は間違える。不当に陥れられることもある。時には、自分が正しいと信じて行動した結果、組織から低評価を受けることもある。
しかし、評価が一元管理され、永遠に記録される世界では、やり直しが効かない。一度の失敗、一度の不運、一度の不当な評価が、その人の人生を決定してしまう。
これは、人間性の否定だ。人間は変わる。成長する。環境が変われば、評価も変わる。それが生きるということだ。
評価の一元化よりも、さらに根源的な問題がある。遺伝子編集によるデザインベビーだ。
最初は誰も反対できない。
これらは人道的で、合理的だ。政府も段階的に合法化していくだろう。
しかし、技術が進歩すると境界線が曖昧になる。
遺伝病の回避 → 病気のリスクを下げる → 免疫力を高める → 身体能力を向上させる → アスリートレベルの能力を
健康な子供 → IQを平均以上に → より高い知能を → 天才レベルの認知能力を → 特定分野の天才を
どこまでが「治療」で、どこからが「強化」なのか?
遺伝子編集は高額になる。初期費用は数千万円から億単位かもしれない。
富裕層は子供に投資する:
一般家庭は「自然な子供」を持つ:
結果、遺伝子レベルで階級が固定化される。
これまでは「生まれは選べないが、努力で変えられる」という希望があった。しかしデザインベビーの時代には、スタートラインが遺伝子で決まる。
努力では埋められない格差が生まれる。
さらに深刻なのは、デザインされた子供と親の関係だ。
親は巨額を投資し、「理想の子供」を設計する。その期待は重い。
子供は、親の期待を具現化した「作品」になる。自分の意思ではなく、親の設計に従って生きることを暗に強制される。
子供は人形なのか? 投資商品なのか? それとも人間なのか?
もう一つの問題は、デザインされていない子供への差別だ。
AGIが人材を評価する時代、遺伝子情報も考慮されるかもしれない。
かつて「家柄」で人を差別していた時代があった。AGI時代には「遺伝子の最適化度」で差別する時代が来るかもしれない。
デザインベビーが当たり前になった時、私たちは何を失うのか。
多様性の喪失:
富裕層が選ぶ「理想の遺伝子」は似通ってくる。高いIQ、健康な身体、整った容姿——結果、人間の多様性が減る。
偶然性の喪失:
人間の人生には、予期しない才能、思わぬ出会い、偶然の幸運がある。すべてが設計された人生に、そのような驚きはあるのか?
人間の定義の揺らぎ:
「設計された人間」と「自然な人間」——両者を同じ「人間」と呼べるのか? 権利は平等なのか?
私は以前、「不便だったからこそ、ありがたみに気づくことができた」と感じたことがある。
完璧に設計された人間には、その「ありがたみ」を感じる機会があるのだろうか?
デザインベビーは、この「不完全さの価値」を奪うかもしれない。
では、どうすればいいのか。
一つの答えは、評価を分散させることだ。
技術的には、ブロックチェーンやP2P技術を使った分散型評価システムが考えられる。思想的には、多元的な価値観を認める社会の設計が必要だ。
これは非効率かもしれない。AGIが提案する「最適解」ではないかもしれない。
しかし、効率だけを追求した先にあるのは、人間が生きる価値を失った世界だ。
デザインベビーを止めることはできないだろう。技術的に可能で、需要があり、初期は医療として正当化される。
しかし、私たちにできることはある。
思想として残すこと:
制度として抵抗すること:
これらは非効率かもしれない。しかし、効率だけを追求した先にあるのは、人間が「製品」になった世界だ。
評価の一元化とデザインベビーは、セットで機能する。
遺伝子で「スタートライン」が決まる ↓ AGIの評価で「到達点」が決まる ↓ 両方とも、力を持つ企業がコントロールする
この二重の抑圧から逃れるには、「評価の分散化」と「遺伝子による差別の禁止」の両方が必要だ。
AGI時代が2年後に来るなら、今から動かなければ間に合わない。
私は、この「評価の分散化」という思想を、技術的なプロトタイプと共に残したいと思っている。それが使われるかどうかは分からない。しかし、種を残すことはできる。
あなたは、一元管理された評価システムの中で生きたいだろうか?
それとも、不完全でも、複数の評価軸が存在する世界を選ぶだろうか?
あなたは、自分の子供を「設計」したいだろうか?
それとも、偶然に委ねる勇気を持つだろうか?
効率と自由、便利さと人間性——このバランスをどう取るかが、AGI時代を生きる私たちに問われている。